2015年2月19日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 新永間市外線高架橋2 2.煉瓦構築物の耐震性 新永間市街線高架橋(以下高架橋)を語る上で、関東大震災を外して語ることはできない。 高架橋は1909年(明治42年)9月に東京駅手前の呉服橋仮停車場まで開通し、1914年(大正3年)12月の東京駅 続きを読む
2015年2月6日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 新永間市外線高架橋1 2014年12月13日、第7回の煉瓦研究会のフィールドワークが行われた。 この日は、神奈川のメンバーを迎え、総勢20名を超える研究会となった。 新橋駅に集合すると東京駅を経由して、御茶ノ水の紅梅河岸までの市街線高架橋を観 続きを読む
2014年7月10日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 大月~上野原編1 さて八ツ沢発電所関連施設は、1910年(明治43年)に東京電燈(現東京電力)が建設を始め、1914年(大正3年)に竣工した。 この重要文化財に指定された桂川沿いに約14kmに及ぶ関連施設を、先日の日曜日に実地調査に出かけ 続きを読む
2014年1月12日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 フィールドワーク17 上野・荒川編10 常磐線開業当時の架道橋 極楽荘の前を通り過ぎると、すぐに常磐線の高架が見えてくる。 常磐線の営業免許は、東京都荒川区の日暮里駅から、宮城県岩沼市の岩沼駅までの350.4kmの東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線だ。実際の列車の運行は、上野駅か 続きを読む
2014年1月9日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 フィールドワーク16 上野・荒川編9 道の途中の極楽荘 佐藤病院の煉瓦塀の見学を終えると、近くの小台駅から都電に乗って、終点の三ノ輪橋へと向かう。 商店街を抜けていくと、ここら辺は江戸時代に下野黒羽藩の下屋敷のあった辺りだ。第三十一代藩主大関増裕は若年寄兼海軍奉行の要職を努め 続きを読む
2014年1月3日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 フィールドワーク15 上野・荒川編8 千住製絨所 佐藤病院を後にすると都電で三ノ輪まで移動し、常磐線開通当時の第一三ノ輪架道橋と、第二三ノ輪架道橋を確認した後、千住製絨所跡へと向かった。 千住製絨所は、1879年(明治12年)に創業を開始した軍服用絨(毛織物)の官営工場 続きを読む
2013年12月31日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 フィールドワーク14 上野・荒川編7 佐藤病院 あらかわ遊園を後にすると、一路徒歩で佐藤病院へと向かう。路地を抜けると、突然都電が現れる。 佐藤病院は『登山者検診』でも有名な病院で、1909年(明治42年)7月に佐藤医院が創設され、大正年間に『佐藤病院』と改称され現在 続きを読む
2013年7月20日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 フィールドワーク13 上野・荒川編6 あらかわ遊園 前回、なぜここに煉瓦塀が残っているのか由来を話したが、その煉瓦塀沿いに進んでいく。 煉瓦は、真ん中のコンクリートの帯の下がイギリス積み、上が長手積みであるが、ある一定の間隔で小口が現れる。 裏側をのぞくと、その小口の意味 続きを読む
2013年7月12日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user 番外編 煉瓦研究ネットワーク東京 番外編3 国鉄長野工場の煉瓦 今日はちょっと脱線して、煉瓦造りの建物が解体された際に記念品として保存されたものをご紹介したい。 解体された煉瓦材に、日展審査員(後に日展参与まで務めた)瀬戸団治氏の青銅製のレリーフが付けられて、置物に加工されている。 続きを読む
2013年6月27日 / 最終更新日時 : 2026年8月6日 admin-user フィールドワーク 煉瓦研究ネットワーク東京 フィールドワーク12 上野・荒川編5 都電を荒川遊園地前電停で降りると、バラの咲き乱れる遊歩道をあらかわ遊園の方へと向かう。 思わず立ち止まってバラを鑑賞したくなるような見事さだ。 芳しいバラの香りを楽しみながらしばし歩くと、懐かしい都電6000形、あだ名も 続きを読む